”プロ”として仕事をする人が持つ能力:本質を見抜く力

 

 


最近よく会う私の友人の話である。


彼女は、私が自信を持っておススメできる広報のプロである。

 



20代の頃からずっと広報一筋、マーケティングPRもコーポレートPRも、PR全般をこなす。

 

 

 

 

彼女とはご近所さん同士であるため、

仕事のあとの平日の夜に家の近所でお茶をする約束をした。

 

 

当日、彼女はフラッと自転車でやってきた。

 


激しいノーメイク具合で。←賢い女のあなたにはあまりおススメしない。

 

 

 


そういう私も完全ノーメイクに、

 



引っ詰めお団子髪+Tシャツ+マキシ+ビーサンの、

 


クアトロ御近所コーディネイトだった。←賢い女のあなたには、やはりおススメしない。

 

 


お互いノーメイク同士で真面目な顔をして近況を一通り話したあと、

 

現在私がすすめているビジネスの広報活動について相談してみた。

 


私の専門はマーケティングなので広報は素人。

 

 


漠然と質問をする私に対して、逆にどんどん質問を投げかけてくる友人。



それに答えていると、いかに私自身が広報活動の”本質”を理解できていないか身につまされた。



専門外の人はわかりにくいかもしれないが、”広告”と”広報”は全くの別物である。



広告は基本的にPush、お金さえ払えば実施可能である。

 

 

 

しかし広報は基本的にPullなので、記者や媒体に”載せたい!記事にしたい!と思ってもらわなければ載せてすらもらえない。



マーケティングの人間は、マーケティング活動において”消費者”に対して、

 

買ってほしいと思ってもらえる策を、手を変え品を変え行うが、

 

 

広報は”消費者”ではなく、”対メディア”になる。

 


膨大な情報を日々受け取るメディアに、



・いかに端的良さを理解してもらって、
・記事にしてもらえる価値を伝えられるか(作り出せるか)。

 


が大事である。

 


うーん、マーケティングをやっていて、基本的な考え方は同じなのに、広報活動に落とし込めずにいた自分が恥ずかしい。

 


たまに、大企業でのマーケティングや広報経験があっても、

 

中小企業や個人では活用できないと考える人がいるが、これは間違いである。

 

 

変えるべきなのは戦術であって、コアとなる戦略を立てるメソッドは何も変わらない。

 


本質部分は変わらず、応用の仕方を変えるだけである。

 



この”物事の本質”がわかっている人というのが、”プロ”だと思う。



彼女はその”物事の本質”がわかっているので、”プロ”として信頼して相談ができる相手である。

 

 

 

かつ、それだけでは済まさない彼女のすごいところは、


・広報だけあって知っている情報の幅が広いことと(アンテナを常に立てていること)


・メディアが何をどう伝えれば喜ぶかを深い経験値から知っており


・かつそれがどうすれば”消費者”と”社会”に強く残るメッセージに変換できるかがわかり

・それをいかにターゲットに対して一番多く目が付く方法を選び、それに載せる実力があり


・そしてそれらをロジカルに、わかりやすく人に説明できるところである。

 


広報でリリースを何千枚も書いていることもあり、文章力も圧倒のうまさである。

 


その分野の”プロ”と一緒に仕事をすることは、とても気持ちが良い。

 

間違いなく結果につながる方法を知っていて、こちらの期待に120%で答えてくれる。

 

 

「賢い女」は、

自分で胸を張って「私はXXの仕事の”プロ”だ」と言いたいものである。